(´・ω・`)語る人を見ないので
ルールやジャッジングと言った局所的な話をする人は増えてきましたが、イベントそのものの話をする人は見ないので。
「なぜ、LCSに至ったか」というところをつらつらと書いていきます。
■カバレージへの違和感
そもそもの発端は、カバレージというコンテンツへの違和感でした。
僕が初めて読んだカバレージは、MtGのものです。全くカードが分からない状態だったのに、取り憑かれたように読んでいた時期がありました。確かZENの頃だったので…2010年でしょうか?
当時は遊戯王でもカバレージ、向こうでは観戦記事という書かれ方をしたこともありましたけれど、ともかくそういうテキストが出てき始めていた時期。僕は当然のようにMtG以外のテキストへも手を出します。
その時の感想は、「カバレージを読む前に世界観の理解が必要」「世界観に沿ったストーリーラインが多い」というもの。
前者は「MtGのカバレージを読むならば、PTやGP、プロがどういう位置づけか程度の理解は必要」、後者は「頂点に向かうために考え抜くストーリーが多い」ということを意味します。
後者は、やや分かりにくいかもしれませんね。
例えば、頂点を取るために必要なのは、必ずしも適切な構築とプレイングとは限りません。自分が弱い、ということを前提として、"上振れを狙う" …運に頼るという選択肢もあるわけです。
しかし、そうした観点から描かれたストーリーは、僕が読んだ中にはほぼありませんでした。
カードゲームの競技大会に求められているのは運頼みのジャイアントキリングではなく。
智者が導き出した、"我々の理解を超える結論"のような手合いのものだったわけです。
(当時のゲームが軒並み理詰めで勝てるゲームだった、のもあるでしょうけど)
この辺りの話は、以前にまとめたのでそちらを読んでいただくとして。
・DM:カバレージへ至るための手法について
そうした理解を僕が得た後、デュエル・マスターズに目を向けると。そりゃあ楽しいもんでした。
年に数回しかないCS。優勝した構築は、優勝者のプレイングは、僕には思いもつかないものばかり。いくつか例をあげると…。
・第4回関東CS、スノー入りドロマー
(不滅オロチのことは忘れよう)
・第5回関東CS、ギガボルバM
(2位だったけど、青白ジェスターも最高だった!)
・第1回レジェンドCS、ビーストチャージャーNエクス
僕、この時期の競技DMが本当に好きでした。メタゲームも、プレイヤーも面白かった。
みんなが覚えてるか分からないけど、vaultでフェアリー・ホールからメビウスが出てしまった事件とか、僕のぽれごんぬ、まあ見てな、ミス戻さないてくださいガチのみとかね。
界隈が小さかったこともあって、結構しょーもないネタでもみんな笑ってました。
さて。
そんなデュエル・マスターズでも、ある時期からカバレージがポツポツと書かれるようになります。ですが…率直に言って、僕はそのカバレージを読んでもMtGほどの興奮は得られませんでした。
いくつか原因があるのですが、中でも最大のものは、DMのカバレージが関西発祥となってしまったことだと思います。地域個別の事案に言及しすぎると戦争に発展するのであんまりみんなこの話をしないと思うんですけど…。
そもそもCSって遊戯王発祥の文化なんですよ。それが中部や関東でDMに輸入され、技術のみならず雰囲気までも継承したイベントとして成立した。だから初期のCSの賞品はゲーム機なんです。MtGの個人主催イベとは違う。
中でも関東は初期段階からスイスドローを導入しており、現代でいう競技イベントそのものでした。中部は、公式に倣って卓制だったんですよね。
もっとも、遊戯勢もMtGの競技シーンをそれなりに意識していた節はあったので、あの競技的な雰囲気の一部はMtG由来のものかも知れませんけれど。
しかしこれに対し、カバレージを始めた関西のCSは系譜が異なります。元々はどうも、地域の親子プレイヤーのお父さんが、後進のために始めたイベントだったようなんですね。どちらかといえば、ポケカの交流会に近い。
だから、遊戯から伝来した、いわゆるCS文化に慣れきっていた僕にとって、そこでのカバレージは…自分が求めていたようなものではなかったのです。
良いとか悪いとかじゃなくてね、文化の話。
■最高の大会とは何か
この出来事をきっかけに、僕は自分が求めるカバレージについて考えるようになりました。
その考えはすぐに、自分の求める大会は何か…という問いに転じます。
まあ、当たり前ですよね。本当に自分が納得するものは、一からやらなきゃ作れない。他人の場所に上がりこむのではなく、自分の場所を確立しなければいけません。
僕がDMの競技大会に出るようになったのは、サイキックマスターから。そのあと、いくつかCSにも出ていますが、ご存知のように大した戦績はありません。
だから僕は、どちらかと言えば見る側なんですよね。他人がゲームしてるのを見て、なんかとんでもない結論を出したことに驚く村人Aというか、そんな感じ。
では、村人Aにとって最高の大会とはなんでしょうか?
上手い連中の考え抜かれた結論を見せてもらって感動できる大会ですね。
そのために必要なのはなんでしょうか。
大会に強い人を呼ぶこと?そうですね。ただの観客なら、それで十分でしょう。
でも、もしそういう大会がなくて、自分で一から作るのなら…主催者になるならば、そこで止まってはいけません。
主催であるならば、自分が満足すると同時に、参加者にも満足して帰ってもらわねばならないのです。
特に大変なのが、負けた人のケアです。
CSに出て、見知らぬ相手に負けてしまった人(タイプAとしましょう)がよくこんなコメントをしています。
「引きが悪かった」
「相手に都合のいいトップデッキをされた」
「たまたまプレミした」
他方、知っている相手に負けてしまった人(タイプB)はこんなコメントをしていました。
「引くものを引けなかったけど、相手も強かった」
「最後の最後であのカードを引かれてしまった、残念」
「肝心なところでミスをして、咎められて負け」
言ってること、同じですよね。
SNSでは良く、タイプAの人が叩かれている光景を目にします。もちろん負けたからってこんな言い方をするのは良くねーと思いますが、しかしこうした発言をする人も、必ずしもゲームを楽しんでいないわけじゃありません。
見ればわかると思いますけど、AもBも内容は変わんないですからね。相手にちゃんと気を使っているかいないかの差です。
(その差が不快なんだよ!ってのは分かってます、今日はそういう話じゃない)
このAとBを見比べて分かるのは、「負けること」ではなく「なんか自分より練習してなさそうな奴に負けること(判断基準は主観)」が満足度に悪影響を与えるということです。
これは最初に書いた、僕がカバレージを読んで得た結論とも符合しますよね。みんなが求めているのは練習したやつが勝つ世界であり、そうでもない人間が指運で勝つ世界ではないんです。
であれば、もしですよ、もし「参加者全員ががっつり練習してきた強い連中ばっか」ということを客観的に保証する大会があれば、みんな満足できると思いませんか?
参加し、同じ時間を共有するだけでも満足してもらえるような場所を作り上げる。
それが僕の目標になりました。体験を売る、ってやつです。多分。
■環境の整備
そういうわけで目標の骨子は固まったのですが、大きな問題が残っていました。僕が村人Aである、ということです。
当たり前ですが、村人Aが「なんかめっちょすごい大会やるからね!!!!」とか抜かしたところで人が集まるわけないんです。それはそういうもんです。
それに、当時(2013年ごろ)のDMはCSが増加傾向にあり、優勝者が乱立。誰が強いのかさっぱりわからんという困った状態に陥っていました。
そこで僕が手をつけたのは、ランキング制度の整備です。過去のデータも含めて網羅し(ようと努力し)たこれは予想以上に効果がありました。
もう、当時の時点で既に遠征者が減ってきていたんですよね。CSが増えたせいで、遠征せずとも地域内で「プレイヤーの大会に出たい欲」を消費しきれるようになってきており、トーナメントシーンは地域単位で分割されかかっていました。
それを再び全国共通のシーンに押し戻し、カバレージの下地を整え、またランキングシステムの有効性を証明したのは自分の功績だと思っています。
■伝説へ
1年ほどかけてランキングを定着させたものの、「自分が村人Aである」という問題はまだそんなに解決していませんでした。
ストーリーラインを形成するに当たり、語り手の文脈というのはとても重要です。例えば、「ボルバルブルーをK.BLUEが語る」のと「ボルバルブルーを村人Aが語る」のでは天と地ほどの差があります。
これはカバレージを含むどの記事も同じことで、どうしても「スーパーライターMさんの記事だからとりあえず読むか」みたいな事案はどうしても発生しちゃうんですよね。
カバレージなんか主体が対戦者である以上、語り手は透明な存在でいたほうがいいのですが、残念ながら聞き手は語り手のことも気にしちゃう。
(この辺、詳しくはまた別途)
ので、なんとかして村人Aから脱却し、最低でも個人名は認識してもらえるようにならないとダメでした。
そのために必要だと考えたのは、以下2つ。
1.誰もやらないことをやる
(余談ですが、これは弊社創設当時のチーム目標でもありました…1年後に聞いたら誰も覚えてませんでした)
2.歴史を継承する
1はまあいいでしょう、独自性のあることをやれば特定個人として認識されるよねというのは言わずもがな。ランキングだけで十分じゃねー?と思うかもしれませんが、あれじゃダメです。
大会をやろうと思うとね、一人じゃ無理なんですよ。CSの現場で研鑽を重ねている友人たちに手伝ってもらわなきゃいけません。
そして彼らから理解をいただくためには、「リスクを背負って」「現場に立つ」ことが大事なんです。早い話が、なんか大会開けやってことですね。
口先だけのやつ、と思われたらおしまいですから。自分でリスクを背負うってことが、覚悟を見せるってことが大事なんです。
弊社創設時に004が「なんか大きい大会やろうぜ」と言い出していたこともあって、僕は400人ぐらいの大会を開催することにしました。
2は…どうでしょ、伝わるでしょうか。
「参加者全員ががっつり練習してきた強い連中ばっか」という大会を成立させるためには、それなりの誘因がなければいけません。参加者に練習と出場を決断させる動機が必要なのです。
一般的に誘因として用意されるのは、豪華な賞品あるいは賞金です。賞金1億!!!!!って言われたら頑張るでしょ。
しかしこうしたことが可能なのはメーカのみ。一般ピープルの我々がこれをやろうとすると必然的に参加費を上げざるを得ませんし、それじゃ単なる賭博です。
実際に400人規模の大会を開いたときは、CS史上初めて参加費を2000円に上げるという決断に踏み切りました。
ここは…実際どうだったんでしょうね。自分の功績です!と簡単に言える部分ではないでしょう。罪です!と言ったほうが正しいかもしれません。
(この件に絡んで、あんまり大きな声では言えない事件もありましたし)
本当に2000円が正しかったのか、という総括は、現役の人にやって欲しいなぁと思ってます。僕の気持ちは、以前にどろさんが書いていたのに近いです。
・CSやってみた、CSって〇〇
------------------------------------
こういう運営上の悩みをしっかりと書くイベンターって本当にいないですからね。全体を見て話ができる人って稀有なので。優秀な方だなぁと思います。今の関東じゃぶっちぎりよね。
結局僕は、参加者に対する動機付けとして「歴史」をとりました。お金がなかったからです。お金があれば賞金1億円の大会を開いてました!!
僕らがやってるのは、MtGのような半ば仕事としても意味合いもあるようなゲームではなく、趣味のゲームなので。自分はあの場に居たんだ、という思い出になるような特別な場所を、歴史の継承によって作ろうとしたわけですね。
そうなってくると、自分でイベントを立ち上げるわけにいきません。それじゃあ歴史は引き継げませんから。
偉大な先人からバトンを引き継ぐ。そんな形でなければいけませんでした。
だから、レジェンドCSを引き継ぐという選択に至ったわけです。
・DM史:もう一度伝説を(中編)
色々あったものの、最終的には先代のチームΦとお会いし、引き継ぎを認めていただけました。
開催場所は、第2回がWINNERS、第3回が綾瀬。いずれも「歴史の継承」というテーマに合致した場所で、とても良かったです。やっぱ拘らないとな。
■カバレージ
ここまでは良かったのですが。結局、カバレージは完全に力尽きて終わりましたね。
当たり前ですが、2年半かけて大会の仕込みをやって、前日も飲み会でみんなに挨拶して、んでカバレージを書くってのはちょっと無理がありました。なんとか書きましたけど、ゲームが面白かったわりにあまり良い感じにはならなかったですね。ごめんなさい。
んまぁロマノフsign選手の名が知れ渡るきっかけにはなったっぽい(という話をちょっと聞いた)のでそれは良かったかなぁと思う次第。
大会自体は本当に良かったんですけどね。
・DM史:もう一度伝説を(後編)
当日の夜中、大会終わった後に気づいちゃったんですよね。あー、僕のDMは終わったんだって。
そこからテキスト書く気力を引っ張り出すのは大変でした。これなんか書いたの、9ヶ月後だもんな。
結局、僕は振り切れられなかったんですよ。一生ゲームをやっていたい、と言い放てる人間にはなれなくて、故に永遠に続くはずのTCGにおいても僕にとっての終わりはどうしようもなく存在した。
こんなブログを読みにくる方ならご存知と思いますが、僕の人生の重大なテーマは「自分の意思」なんです。であるが故に、自分が面白い体験をしちゃうと、そこでもう満足しちゃうんですよ。
これは誤算でしたね。自分の価値観というものを突き詰めて行くと、自己完結出来ちゃうんだと。想定外でした。なんつーか、そこまで自分に承認欲求的なものが無いとは…。
元々は「カバレージ作るって、どこから?大会から?」ぐらいのノリだったはずなのですが…なーんか本末転倒ですよね。ここまで徹底してやらねーと面白くならないんだ、と分かったのはとても良かったですし、人生にもプラスでしたが。
多分ですけど、これは「自分が当事者になったから」というのが大きいんだと思います。観客はね、結局遊びに来た第3者だから。いなくても大会は成立する。
でも主催はね、いないと大会が成立しないから、選手と一緒で紛れもなく当事者なんですよ。
■今後もなんかしたい人向けのまとめ
・本当に面白い体験をしたいのなら、他人の場所を借りるのではなく自分の場所を作ろう
・参加者全員が納得して帰れることに拘ろう
・1度はCSを主催しよう
・先人には敬意を払おう
ですかね。4つ目がぱっとは分かりにくいかな?
4つ目はねー…TCGって承認欲求強めの人が多いんですけど、そういう人って「自分が自分が」になりがちなんですよね。
僕らが活動できているのは、CS黎明期の人たちがそういう場所を作る努力をしてくれたから、自分たちの世代で終わらせずに引き継いでくれたからなんですけど、あんまその辺わかってなさそうだよねーというか。
MtGが今ね、25周年ということで東京で展示会やってますけど、あれ見ればわかるでしょ。ゲームの盛り上がりっていうのは積み重ねがあってこそ、いま盛り上がっているのは昔の人が頑張ってくれたからなんですよ。
そこをちゃんと踏まえて活動しないと、当たり前ですけど自分自身が周りから尊重されないですよ。次の世代から見れば、あなたは「昔の人」なんだから。
僕が古い話を引っ張り出して来ているのはそういう面もあってね。「俺たちだけがすごいんだ!」って顔して活動するのはおかしいじゃないですか。そもそもCSという場所が作られてなければ、今のDMはないわけでしょ。
僕の突っ込んでるリソース量は確かにちょっとおかしいので、流石に同じことをやれとは言えませんが。少なくとも、ライター的な活動を志す人には理解しておいて欲しいです。
■余談
今回、色々と課題も出ちゃったので。最後なのに。
別記事で書き出して共有します。LCSだからこそ出てしまった、というのもあるので、ジャッジの方には見ておいて欲しい。うちで出るってことはおそらく、全国でも出るような気がするから。そこでジャッジしたい人にとっては、興味ある内容なんじゃないかな。
ルールやジャッジングと言った局所的な話をする人は増えてきましたが、イベントそのものの話をする人は見ないので。
「なぜ、LCSに至ったか」というところをつらつらと書いていきます。
■カバレージへの違和感
そもそもの発端は、カバレージというコンテンツへの違和感でした。
僕が初めて読んだカバレージは、MtGのものです。全くカードが分からない状態だったのに、取り憑かれたように読んでいた時期がありました。確かZENの頃だったので…2010年でしょうか?
当時は遊戯王でもカバレージ、向こうでは観戦記事という書かれ方をしたこともありましたけれど、ともかくそういうテキストが出てき始めていた時期。僕は当然のようにMtG以外のテキストへも手を出します。
その時の感想は、「カバレージを読む前に世界観の理解が必要」「世界観に沿ったストーリーラインが多い」というもの。
前者は「MtGのカバレージを読むならば、PTやGP、プロがどういう位置づけか程度の理解は必要」、後者は「頂点に向かうために考え抜くストーリーが多い」ということを意味します。
後者は、やや分かりにくいかもしれませんね。
例えば、頂点を取るために必要なのは、必ずしも適切な構築とプレイングとは限りません。自分が弱い、ということを前提として、"上振れを狙う" …運に頼るという選択肢もあるわけです。
しかし、そうした観点から描かれたストーリーは、僕が読んだ中にはほぼありませんでした。
カードゲームの競技大会に求められているのは運頼みのジャイアントキリングではなく。
智者が導き出した、"我々の理解を超える結論"のような手合いのものだったわけです。
(当時のゲームが軒並み理詰めで勝てるゲームだった、のもあるでしょうけど)
この辺りの話は、以前にまとめたのでそちらを読んでいただくとして。
・DM:カバレージへ至るための手法について
そうした理解を僕が得た後、デュエル・マスターズに目を向けると。そりゃあ楽しいもんでした。
年に数回しかないCS。優勝した構築は、優勝者のプレイングは、僕には思いもつかないものばかり。いくつか例をあげると…。
・第4回関東CS、スノー入りドロマー
(不滅オロチのことは忘れよう)
・第5回関東CS、ギガボルバM
(2位だったけど、青白ジェスターも最高だった!)
・第1回レジェンドCS、ビーストチャージャーNエクス
僕、この時期の競技DMが本当に好きでした。メタゲームも、プレイヤーも面白かった。
みんなが覚えてるか分からないけど、vaultでフェアリー・ホールからメビウスが出てしまった事件とか、僕のぽれごんぬ、まあ見てな、ミス戻さないてくださいガチのみとかね。
界隈が小さかったこともあって、結構しょーもないネタでもみんな笑ってました。
さて。
そんなデュエル・マスターズでも、ある時期からカバレージがポツポツと書かれるようになります。ですが…率直に言って、僕はそのカバレージを読んでもMtGほどの興奮は得られませんでした。
いくつか原因があるのですが、中でも最大のものは、DMのカバレージが関西発祥となってしまったことだと思います。地域個別の事案に言及しすぎると戦争に発展するのであんまりみんなこの話をしないと思うんですけど…。
そもそもCSって遊戯王発祥の文化なんですよ。それが中部や関東でDMに輸入され、技術のみならず雰囲気までも継承したイベントとして成立した。だから初期のCSの賞品はゲーム機なんです。MtGの個人主催イベとは違う。
中でも関東は初期段階からスイスドローを導入しており、現代でいう競技イベントそのものでした。中部は、公式に倣って卓制だったんですよね。
もっとも、遊戯勢もMtGの競技シーンをそれなりに意識していた節はあったので、あの競技的な雰囲気の一部はMtG由来のものかも知れませんけれど。
しかしこれに対し、カバレージを始めた関西のCSは系譜が異なります。元々はどうも、地域の親子プレイヤーのお父さんが、後進のために始めたイベントだったようなんですね。どちらかといえば、ポケカの交流会に近い。
だから、遊戯から伝来した、いわゆるCS文化に慣れきっていた僕にとって、そこでのカバレージは…自分が求めていたようなものではなかったのです。
良いとか悪いとかじゃなくてね、文化の話。
■最高の大会とは何か
この出来事をきっかけに、僕は自分が求めるカバレージについて考えるようになりました。
その考えはすぐに、自分の求める大会は何か…という問いに転じます。
まあ、当たり前ですよね。本当に自分が納得するものは、一からやらなきゃ作れない。他人の場所に上がりこむのではなく、自分の場所を確立しなければいけません。
僕がDMの競技大会に出るようになったのは、サイキックマスターから。そのあと、いくつかCSにも出ていますが、ご存知のように大した戦績はありません。
だから僕は、どちらかと言えば見る側なんですよね。他人がゲームしてるのを見て、なんかとんでもない結論を出したことに驚く村人Aというか、そんな感じ。
では、村人Aにとって最高の大会とはなんでしょうか?
上手い連中の考え抜かれた結論を見せてもらって感動できる大会ですね。
そのために必要なのはなんでしょうか。
大会に強い人を呼ぶこと?そうですね。ただの観客なら、それで十分でしょう。
でも、もしそういう大会がなくて、自分で一から作るのなら…主催者になるならば、そこで止まってはいけません。
主催であるならば、自分が満足すると同時に、参加者にも満足して帰ってもらわねばならないのです。
特に大変なのが、負けた人のケアです。
CSに出て、見知らぬ相手に負けてしまった人(タイプAとしましょう)がよくこんなコメントをしています。
「引きが悪かった」
「相手に都合のいいトップデッキをされた」
「たまたまプレミした」
他方、知っている相手に負けてしまった人(タイプB)はこんなコメントをしていました。
「引くものを引けなかったけど、相手も強かった」
「最後の最後であのカードを引かれてしまった、残念」
「肝心なところでミスをして、咎められて負け」
言ってること、同じですよね。
SNSでは良く、タイプAの人が叩かれている光景を目にします。もちろん負けたからってこんな言い方をするのは良くねーと思いますが、しかしこうした発言をする人も、必ずしもゲームを楽しんでいないわけじゃありません。
見ればわかると思いますけど、AもBも内容は変わんないですからね。相手にちゃんと気を使っているかいないかの差です。
(その差が不快なんだよ!ってのは分かってます、今日はそういう話じゃない)
このAとBを見比べて分かるのは、「負けること」ではなく「なんか自分より練習してなさそうな奴に負けること(判断基準は主観)」が満足度に悪影響を与えるということです。
これは最初に書いた、僕がカバレージを読んで得た結論とも符合しますよね。みんなが求めているのは練習したやつが勝つ世界であり、そうでもない人間が指運で勝つ世界ではないんです。
であれば、もしですよ、もし「参加者全員ががっつり練習してきた強い連中ばっか」ということを客観的に保証する大会があれば、みんな満足できると思いませんか?
参加し、同じ時間を共有するだけでも満足してもらえるような場所を作り上げる。
それが僕の目標になりました。体験を売る、ってやつです。多分。
■環境の整備
そういうわけで目標の骨子は固まったのですが、大きな問題が残っていました。僕が村人Aである、ということです。
当たり前ですが、村人Aが「なんかめっちょすごい大会やるからね!!!!」とか抜かしたところで人が集まるわけないんです。それはそういうもんです。
それに、当時(2013年ごろ)のDMはCSが増加傾向にあり、優勝者が乱立。誰が強いのかさっぱりわからんという困った状態に陥っていました。
そこで僕が手をつけたのは、ランキング制度の整備です。過去のデータも含めて網羅し(ようと努力し)たこれは予想以上に効果がありました。
もう、当時の時点で既に遠征者が減ってきていたんですよね。CSが増えたせいで、遠征せずとも地域内で「プレイヤーの大会に出たい欲」を消費しきれるようになってきており、トーナメントシーンは地域単位で分割されかかっていました。
それを再び全国共通のシーンに押し戻し、カバレージの下地を整え、またランキングシステムの有効性を証明したのは自分の功績だと思っています。
■伝説へ
1年ほどかけてランキングを定着させたものの、「自分が村人Aである」という問題はまだそんなに解決していませんでした。
ストーリーラインを形成するに当たり、語り手の文脈というのはとても重要です。例えば、「ボルバルブルーをK.BLUEが語る」のと「ボルバルブルーを村人Aが語る」のでは天と地ほどの差があります。
これはカバレージを含むどの記事も同じことで、どうしても「スーパーライターMさんの記事だからとりあえず読むか」みたいな事案はどうしても発生しちゃうんですよね。
カバレージなんか主体が対戦者である以上、語り手は透明な存在でいたほうがいいのですが、残念ながら聞き手は語り手のことも気にしちゃう。
(この辺、詳しくはまた別途)
ので、なんとかして村人Aから脱却し、最低でも個人名は認識してもらえるようにならないとダメでした。
そのために必要だと考えたのは、以下2つ。
1.誰もやらないことをやる
(余談ですが、これは弊社創設当時のチーム目標でもありました…1年後に聞いたら誰も覚えてませんでした)
2.歴史を継承する
1はまあいいでしょう、独自性のあることをやれば特定個人として認識されるよねというのは言わずもがな。ランキングだけで十分じゃねー?と思うかもしれませんが、あれじゃダメです。
大会をやろうと思うとね、一人じゃ無理なんですよ。CSの現場で研鑽を重ねている友人たちに手伝ってもらわなきゃいけません。
そして彼らから理解をいただくためには、「リスクを背負って」「現場に立つ」ことが大事なんです。早い話が、なんか大会開けやってことですね。
口先だけのやつ、と思われたらおしまいですから。自分でリスクを背負うってことが、覚悟を見せるってことが大事なんです。
弊社創設時に004が「なんか大きい大会やろうぜ」と言い出していたこともあって、僕は400人ぐらいの大会を開催することにしました。
2は…どうでしょ、伝わるでしょうか。
「参加者全員ががっつり練習してきた強い連中ばっか」という大会を成立させるためには、それなりの誘因がなければいけません。参加者に練習と出場を決断させる動機が必要なのです。
一般的に誘因として用意されるのは、豪華な賞品あるいは賞金です。賞金1億!!!!!って言われたら頑張るでしょ。
しかしこうしたことが可能なのはメーカのみ。一般ピープルの我々がこれをやろうとすると必然的に参加費を上げざるを得ませんし、それじゃ単なる賭博です。
実際に400人規模の大会を開いたときは、CS史上初めて参加費を2000円に上げるという決断に踏み切りました。
ここは…実際どうだったんでしょうね。自分の功績です!と簡単に言える部分ではないでしょう。罪です!と言ったほうが正しいかもしれません。
(この件に絡んで、あんまり大きな声では言えない事件もありましたし)
本当に2000円が正しかったのか、という総括は、現役の人にやって欲しいなぁと思ってます。僕の気持ちは、以前にどろさんが書いていたのに近いです。
・CSやってみた、CSって〇〇
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上げた本人が言うのもなんですけど、上げ損だった。CS開催数の増加に伴い参加者の財布がパンク。
超ガチ来てくれた主に小中学生が「2000なんで他のCS諦めなきゃ...」「高いから出たいけど出れない」ってイベント中意見くれた事が複数、なんだかなぁと思った。
自身2000のクオリティあればいいかなぁと思っていたが、界隈にしてみたらマイナスな気がしてきたので、決まっているものが終わったら修正していこうかと。
そもそも2000のクオリティあると思ってたけど、参加者はそう思ってなかったかもしれない説、4倍だから出てた説はわりとある。
2000が当たり前になるとゴミみたいな内容で回収しにくるとこは当然出るし、なんなら今週末東北で開かれるの3000でしょ?内容そこそこ刺激強いし
2000のCS開いてんのに、先日2000のCS出たら刺激が強すぎてファー!って。このままだとGPに価格が並ぶのも時間の問題。質は低いまま。
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こういう運営上の悩みをしっかりと書くイベンターって本当にいないですからね。全体を見て話ができる人って稀有なので。優秀な方だなぁと思います。今の関東じゃぶっちぎりよね。
結局僕は、参加者に対する動機付けとして「歴史」をとりました。お金がなかったからです。お金があれば賞金1億円の大会を開いてました!!
僕らがやってるのは、MtGのような半ば仕事としても意味合いもあるようなゲームではなく、趣味のゲームなので。自分はあの場に居たんだ、という思い出になるような特別な場所を、歴史の継承によって作ろうとしたわけですね。
そうなってくると、自分でイベントを立ち上げるわけにいきません。それじゃあ歴史は引き継げませんから。
偉大な先人からバトンを引き継ぐ。そんな形でなければいけませんでした。
だから、レジェンドCSを引き継ぐという選択に至ったわけです。
・DM史:もう一度伝説を(中編)
色々あったものの、最終的には先代のチームΦとお会いし、引き継ぎを認めていただけました。
開催場所は、第2回がWINNERS、第3回が綾瀬。いずれも「歴史の継承」というテーマに合致した場所で、とても良かったです。やっぱ拘らないとな。
■カバレージ
ここまでは良かったのですが。結局、カバレージは完全に力尽きて終わりましたね。
当たり前ですが、2年半かけて大会の仕込みをやって、前日も飲み会でみんなに挨拶して、んでカバレージを書くってのはちょっと無理がありました。なんとか書きましたけど、ゲームが面白かったわりにあまり良い感じにはならなかったですね。ごめんなさい。
んまぁロマノフsign選手の名が知れ渡るきっかけにはなったっぽい(という話をちょっと聞いた)のでそれは良かったかなぁと思う次第。
大会自体は本当に良かったんですけどね。
・DM史:もう一度伝説を(後編)
当日の夜中、大会終わった後に気づいちゃったんですよね。あー、僕のDMは終わったんだって。
そこからテキスト書く気力を引っ張り出すのは大変でした。これなんか書いたの、9ヶ月後だもんな。
結局、僕は振り切れられなかったんですよ。一生ゲームをやっていたい、と言い放てる人間にはなれなくて、故に永遠に続くはずのTCGにおいても僕にとっての終わりはどうしようもなく存在した。
こんなブログを読みにくる方ならご存知と思いますが、僕の人生の重大なテーマは「自分の意思」なんです。であるが故に、自分が面白い体験をしちゃうと、そこでもう満足しちゃうんですよ。
これは誤算でしたね。自分の価値観というものを突き詰めて行くと、自己完結出来ちゃうんだと。想定外でした。なんつーか、そこまで自分に承認欲求的なものが無いとは…。
元々は「カバレージ作るって、どこから?大会から?」ぐらいのノリだったはずなのですが…なーんか本末転倒ですよね。ここまで徹底してやらねーと面白くならないんだ、と分かったのはとても良かったですし、人生にもプラスでしたが。
多分ですけど、これは「自分が当事者になったから」というのが大きいんだと思います。観客はね、結局遊びに来た第3者だから。いなくても大会は成立する。
でも主催はね、いないと大会が成立しないから、選手と一緒で紛れもなく当事者なんですよ。
■今後もなんかしたい人向けのまとめ
・本当に面白い体験をしたいのなら、他人の場所を借りるのではなく自分の場所を作ろう
・参加者全員が納得して帰れることに拘ろう
・1度はCSを主催しよう
・先人には敬意を払おう
ですかね。4つ目がぱっとは分かりにくいかな?
4つ目はねー…TCGって承認欲求強めの人が多いんですけど、そういう人って「自分が自分が」になりがちなんですよね。
僕らが活動できているのは、CS黎明期の人たちがそういう場所を作る努力をしてくれたから、自分たちの世代で終わらせずに引き継いでくれたからなんですけど、あんまその辺わかってなさそうだよねーというか。
MtGが今ね、25周年ということで東京で展示会やってますけど、あれ見ればわかるでしょ。ゲームの盛り上がりっていうのは積み重ねがあってこそ、いま盛り上がっているのは昔の人が頑張ってくれたからなんですよ。
そこをちゃんと踏まえて活動しないと、当たり前ですけど自分自身が周りから尊重されないですよ。次の世代から見れば、あなたは「昔の人」なんだから。
僕が古い話を引っ張り出して来ているのはそういう面もあってね。「俺たちだけがすごいんだ!」って顔して活動するのはおかしいじゃないですか。そもそもCSという場所が作られてなければ、今のDMはないわけでしょ。
僕の突っ込んでるリソース量は確かにちょっとおかしいので、流石に同じことをやれとは言えませんが。少なくとも、ライター的な活動を志す人には理解しておいて欲しいです。
■余談
今回、色々と課題も出ちゃったので。最後なのに。
別記事で書き出して共有します。LCSだからこそ出てしまった、というのもあるので、ジャッジの方には見ておいて欲しい。うちで出るってことはおそらく、全国でも出るような気がするから。そこでジャッジしたい人にとっては、興味ある内容なんじゃないかな。
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