(´・ω・`)Last day






DM史:もう一度伝説を(中編)


■伝説の復活
その日、俺は9時半頃に会場へ着いた。開店前だというのにオーナーは我々を待っていてくれた。
賞品を運び込み、スタッフに指示を与えているだけで時は矢のように過ぎ去り、気づけば選手が外で待っていた。

彼らを招き入れ、受付を進める。
この日のために研鑽を積み、手に持つ刃を研ぎ澄ませ、万難を排してやって来た選手が64人。病室から抜け出して会場に現れた猛者までいるというから恐れ入る。

そんな選手たちによって作られる、張り詰めていながらもどこか懐かしい緊張感の中、前主催が前に立った。滔々と大会形式、ルールを説明し、そして最後の一言で厳かに大会の開始を告げた。

”復活の聖天使”を下し、日本一となった選手が。
レジェンドCSの礎となったかつての関東CSで、ボルメテウス・コントロールとフェルナンド・コントロールの死闘を演じた選手が。
2年続けて日本一決定戦へ参加した選手が。
鬼面城の下からサーファーを呼び出し、未だ語り草となる日本一を達成した選手が。
天門のカギを持ち、今まさに日本一の栄冠を手にする選手が。
マーシャル・クロウラーを従え、GP優勝のトロフィーを掲げた選手が。
そんな選手たちが、そこかしこで激突する。

予選が既に、決勝戦。そんな冗句とも取れる言い回しが確かに真実を捉えているだなんて、ここにいない人間には信じ難いだろう。

果たして誰が、どのデッキが上位に残るのかと想いを馳せた刹那、過去の物語が脳裏をよぎった。
第5回関東CSでは、メタゲームから無視されていた青白ソードが勝ち進み。
第1回レジェンドCSでは、ビースト・チャージという誰も見向きもしなかったカードが大会の中心にいた。

予選、そして決勝を通して2本先取である関東古来の方式は、決して下馬評通りの結果をもたらさない。メタゲームという名の流転する世界が導き出した解へ変革の叛旗を翻し、物語の新たな帰結を我々に提示する。
誰もが一顧だにせず捨て置いた結末が、メタゲームへの帰還を果たすのではないか。そう思わせるに足る歴史がこの大会にはある。


■緑単ループを持つ男
予感が確信に近づいたのは中盤、5ラウンド目だった。フィーチャー卓に座ったのは、関西きってのトッププレイヤー。
相対するのは、青いチームパーカーを着た地元の選手である。

この会場と同じ県に住む男には、奇妙な特徴があることを俺は知っていた。彼がこの場に立つ資格として提示した入賞歴、そのほとんどが緑色のデッキによって得られたものだということを。

いわゆる競技プレイヤーの使うデッキが長期にわたって偏ることは、極めて珍しい。

その時々で、最も強いデッキを使う。それが入賞への近道だと誰もが考えるし、ほとんどのトッププレイヤーはそうしている。この大会の参加者を決めるために集めた過去8年分の入賞データが、それを証明している。
だからこそ、この緑使いと呼ぶべき選手には何かあるのではないか。そう、思ったのである。

対戦が始まると、ほどなくして彼が今日も緑単を使っていることが明らかになった。この紳士然とした男は巧みにクリーチャーを配置し、開始から数ターンでループの証明へ突入した。
恐ろしいことに、2ゲーム目も同じ絵図が展開された。彼は再び落ち着いた口調で自身が持つ勝利の方程式を説明し、関西の選手はそれを受け入れざるを得なかった。

この恐るべき緑使いがデッキの核としていたのは、ベイB ジャック。1ヶ月前に発売されたセットのカードで、ループパーツとして発売前から話題になっていた。
知られたカードではある。しかしまだ使いこなすに至る選手はいない。そう思っていた。それをあっさりと覆された。

試合が終わった後、関西の選手と俺はどちらともなく顔を見合わせた。
彼が使っていたのは青白サザン。2ゲームともミラダンテXⅡを引き込んでいたし、後1ターンあれば場に出ていただろう。
それをさせぬ速度を持つループデッキが、その使い手がいる。

そして予選を終え、決勝進出者の8人が決まった時。果たしてその中に、緑使いはいた。
この男が優勝するのではないか。メタゲームの結果を踏まえてではなく、直感的にそう思った。
過去の積み重ねの上に成り立つのが現在であるならば、歴史が繰り返すと言うのは必然ではないか?

他の7人もまた、押しも押されもせぬ実力者揃いであることに疑いの余地はない。この日のために拵えたデッキの威力を遺憾無く発揮し、しのぎを削ってきた強者だ。
しかし競技という無情な枠組みは、彼らが並び立つことを許さない。頂点に立つたった1人の選手が残るまで、宿命の螺旋を辿らせる。
英雄はただ1人でいい。


■戦いという名の対話
とうに日は暮れ、しかし戦いは止まず。気づけば大会は決勝を迎え、時刻は21時に近い。
無根拠な直感通り、緑使いはまだ立っている。そして決勝の場に歩み寄る。

彼に相対する選手はサザンを手にしていた。緑使いは既に予選5回戦でこのアーキタイプを屠っている。
だが今、緑使いの眼前に立つサザンはそれに似て非なるデッキだ。

このサザンの主は、ダイヤモンド・ソードを放つためにドレミ24を採用していた。1ヶ月ほど前に発売されていたにもかかわらず、誰も使っていないカード。ベイB ジャックと似た境遇と言える。
抜け目のないカード選択が、そしてここまで勝ち残ってきた事実が、緑使いと遜色ない彼の実力を暗示する。

「こりゃ、夜行バスだな」

後ろで誰かが呟いた。決勝に残ったサザン使いのチームメイトだった。
既に21時近く。彼らの終電の時刻を過ぎている。それでも仲間の戦いを見届ける。そこには絆と意思がある。


■誇りのアンティ
奇妙なことに、決勝を見たいという気持ちがあるにもかかわらず、俺は決勝戦を始めてほしくなかった。今日という日をこの手に留めておきたかったから。決勝が終われば、今日が終わってしまうから。

俺の心情などつゆ知らぬヘッドジャッジが、決勝の開始を告げようとする。観客が身を乗り出す。示し合わせたように口数が減り喧騒が遠ざかる。時間が止まったかと錯覚するほどの静寂がほんの一瞬、訪れる。

静寂の中心、フィーチャーエリアの2人。DMのCS史上類を見ない長時間の戦いを経てなお、眼光鋭く意気高く。

決勝でも予選でもフリー対戦でも、そこで起こることは変わらない。人はそう言うかもしれない。
全て等しく同じデュエルマスターズだと。何も変わらないと。

けれど、俺たちは知っている。

ラウンドを進めるごとに知力と体力を削り。
あらゆる技術を出し尽くし。
少しずつ少しずつ、賭けられる物を減らしていく。

そうして互いの誇りだけが卓の上に残ったとき、ようやく本当のデュエルマスターズが始まるということを。

永遠とも思えた刹那は瞬く間に過ぎ去り、俺の視線の先でヘッドジャッジがラストマッチの開始を宣言した。


■死闘の果てに
この時間にあっても、2人の選手は決して焦らない。競技という世界に生きる求道者としての矜恃か、的確な手を指していく。
先に動いたのは、緑使いだった。フィーバー・ナッツを早々に着地させ、ループへ入る。

ベイB ジャックやゴエモンキーを複雑に絡めたループを、彼は一つずつ処理していった。その滑らかな手つきにも関わらず、ループの終了にはゲーム開始からループ開始までと同じぐらいの時間を要した。

2ゲーム目もそれは変わらなかった。
早期決戦あるのみと判じたサザン使い。その猛攻に耐えた緑使いがマナとクリーチャーをタップし、ループの証明を終えるとそこには決着が有った。


■決闘者の美学
俺は優勝者、そして準優勝者にマットを手渡した。破顔する優勝者と対照的に、準優勝者は憔悴している。彼ほど準優勝という結果にショックを受けている選手を見たのは初めてだった。
けれど彼はその気品を保っていた。マットを手にカメラへ微笑む様子を見て、俺は胸が詰まった。

彼は競技デュエルマスターズが心底好きで、大会に対して敬意を払っている。そのことが嬉しかった。

一方の観客は、誰もが興奮冷めやらぬ様相だった。それもそうだろう。歴代のトロフィーに見守られた会場で、12時間近く戦い続けた選手たちの結末。そんなものを見せられて、心の平静が保てようはずもない。
その場の全員が自分の体験を共有したがっていた。

これだ、と俺は思った。これこそが俺の求めていたものであり、関東CSの本質であり、競技DMの真髄なんだ。
最高の、唯一無二の体験だった。思い出の彼方に消えたはずの、はるか遠い理想。あの一日を再現出来るだなんて、誰が想像しただろうか?

主催者としての義務感が俺を現実へ引き戻した。スタッフを家に帰してやらねばならない。荷物を片付けながらスタッフに報酬を渡し、撤収の準備を整えた。
そしてふっと後ろを振り返ると・・・驚いたことに、観客がデュエルを始めていた。
片や、現役の日本王者。片や、DM史にその名を燦然と輝かせる伝説的な選手。ぶっ飛んだエキシビション・マッチ。

とんでもない一日で、素晴らしい一日で。全てが報われた気分だった。


■伝説よ永遠に
その気分に思い出のラベルを貼って心にしまい、俺はオーナーや観客に暇を告げた。車にスタッフ2人を乗せて一路、駅へ。
電車に未成年を乗せて帰した後、残った実況担当と遅い晩飯を摂った。

俺とは対照的に、彼は元気だった。日付も変わろうかという時間だが、翌日のWHFが楽しみだという。
なんてタフなんだと心中密かに感嘆し、しかし真実に気づいて即座に打ち消す。昔の俺ならきっと、彼と同じことを述べただろう。
この時、俺はようやく理解した。俺にとってのデュエルマスターズは今日、終わったのだということを。

競技DMの最高峰たる第5回関東CSに触れてから5年。多くの人に支えられた旅路の果てに伝説は蘇り、決闘者たちの魂を震わせた。
この復活こそが、本懐だった。

ずっとこの日を夢見て走ってきた。地域を超えた共同体を起こし、史上最大の個人戦へ臨み、そしてついに伝説をこの目で見た。

だから。だからもう、俺が為すべきことは残っていなかった。
俺にとっての競技DMは。伝説は。
ここで終わりなのだ。

思えば、遠くへ来たもんだ。
俺の夢に、多くの人が手を貸してくれた。1人ではたどり着けない頂へと全員で登って来た。
見知らぬもの同士であった俺たちの情熱は、しかし確かに共鳴し。
見果てぬ夢を語り合い、心と絆を通わせた。
だが、どんな物語もいつかは終わる。

夢から醒める時が来た。

けれどそれは、伝説そのものの終わりを意味しない。
目の前のこの男か、あるいは他の誰かが、折れぬ心と砕けぬ身体を持った新たな統率者がきっと、次の物語を紡いでいくのだろう。そしてかつての俺のように、伝説を受け継ぐのだろう。

今はまだ、心の整理が出来ているとは言えない。しばらく離れて過ごすだろう。
けれどもう一度皆に会えたなら、次に会うときは続きをしよう。過ぎ去ったあの日と同じように、物語の続きを語り合おう。

幾星霜を経ようとも、伝説が色褪せることはない。語り手がいる限り。

伝説は、いつまでも語り継がれるから伝説なのだ。
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