(´・ω・`)情報量が増えると試合速度が落ちるのは(TCGじゃないけど)透明牌を用いた麻雀、いわゆる鷲巣麻雀で実感した




■Lycee
進学すると友達が増えた。増えた中に、ルークと言うやつがいた。
こいつはROプレイヤーで、ルークと言うのもHNである。こいつがLyceeをプレイしていて、誘われた俺は手を出した。

俺はこの時点でエロゲを1作品もプレイしていない。原作を1個も知らずにLyceeやってたのは多分俺ぐらいしかいないんじゃないかと思う。Fateすら知らんかったからな。
Fateやらランスあたりはプレイヤーが周辺にいたので、(聞いてもいないのに)知識を教えてもらった。

俺が遊んでいたのは、不幸がストラクに入った翌年である。ストラクでそろえたメレムフィアッカを使っていた。CKの優勝プロモフィアッカの話をするんじゃない!
ちょうど花単最強伝説に突入する1年ぐらい前だったと思う。

当時は雪日メレムやカレイドスターが強かったんだったかな。あの悪名高い夏休みが2.5kした時期だ。もうちょっと早く始めてりゃあ100円で買えたんだけどなぁ…。その点逮捕や須磨寺は100円だったので、雪単は初心者に優しかった。
夏休みはその後、リセペディアの付録になった。まあ時期が悪かった。

俺が初めて少し経つと、ニトロプラス1.0が追加された。クソ燃費の悪かった宙単にフリッツとアル・アジフが追加され、戦えるようになってきた時期である。
そのあとの竜騎士1.0ではラムダ、疑心暗鬼(略称がギシアンとかいう教育上よろしくないカード)も追加されてきた。 
この後のVA5.0(Leafだっけ?)を経て、花単VS宙単の時代に移り、最終的に花単最強伝説が打ち立てられた気がする。

結局Lyceeも1年程度で辞めたと思う。原因は環境悪化だ。
月に1回、新ブースターが出るんだぜ。今でこそ週刊PMがあるが、気の狂った速度でブースターを出していたのはLyceeが初だったと思う。ついていけねぇし、そこにペゾなんて来ちゃあな。

だっておめぇよ、当時真面目にやってた連中は年40万突っ込んでたんだぜ。カードだけで。MtGでトップメタ組みまくってても20万未満だったと思うぞあのころ。ほんで40て。
そう考えると武士って良心的だよなぁ。


■遊戯王三度
そしてまた遊戯王である。

当時、俺の知り合いがディベート部にいたんだ。なんだよディベート部ってと思うだろう。ディベートをする部活と言うのがあったんだ。俺の学校は3年に2回全国出場していたらしく、結構強かったようだ。
でまあ、そのディベート部で遊戯王がはやっていたわけである。

経緯を聞くと、近所の本屋で売っていたオリパを買ってそれで戦ってみよう!→果てしない軍拡競争へ…という。俺も帝ストラクを買って参入した。
これは本当にはまったね。トップメタ組んでやりあおう、じゃなくてただひたすら笑いながら遊んでいただけだったので、楽しかった。トップメタがシモッチバーンだったからね。受験勉強放り出して遊んでたよ。

当時はね、ちょうどシンクロが出た年だったんだ。俺はサイキックを組んでた。
なんかもうサイドラとサイコ・コマンダーをシンクロさせるだけで楽しかった。遊戯のあのプレイテンポの良さは楽しいよねぇ。伏せの読みあいもあるし。
作ってる人は案外すごいよな。

まあDDBとかあったけどな!DDBが出たのもこの年だったと思う。
なんやかんやあったが、楽しいゲームだった。