(´・ω・`)すんげー既視感のある話だった




 
僕が生まれる前からある会社です。海洋堂。模型会社っすね。
元々はただの地方の模型屋でした。しかし館長(社長みたいな感じ)のバイタリティがスゲェ。

まずすげーちっこい模型屋作るんすよ。 んでそこにショーウィンドーですか、つけるんです。これが日本初だったそうで。
そのあとも、船の模型を売っているのに遊ぶところがないんじゃいかんと拡張した店内をぶち抜いて突然プールを作る。冬になったらプールをやめて、戦車ゾーンに作り替える。爆竹を仕込んで、ボタン操作で派手に砂をまき散らしていたそうです。明らかに普通の模型屋ではない。
さらに、物をそのまま売るんじゃ大手と一緒だって言うんで、完成品を売っちゃう。色を塗ってきれいにしたやつ。そうすると完成品を作るための道具が必要になったので、それも作って序に売っちゃう。ニッパーとか、海洋堂が出すまでまともなのがなかったそうです。
後にスロットマシンのコースを設置して20分200円で貸し出します。それもよく儲かる。スゲー。
もっと後になると、インベーダーゲームなんかも置いたそうで。

このへん、結構池の人とかぶりますよね。 デッキを作って売っちゃう。店内にわけのわからんものを設置する。ゲームも置く。
日本初のデュエルスペース有料化に踏み切ったのはFBの本店だったかと記憶していますが、池の人が在籍していたのはFB徳島ですよね。ほへーってなもんで。

そして館長もすごければ客もすごい。館長は最初の頃、東京の問屋まで買出しに行くんです。その間、店をどうするか。常連が見ているんですね。常連ったってそのころは小学生ばっかです。小学生が店番をしてる。
上の爆竹システムは、客の工業大学生が作ったそうです。店の看板も、食っていけなくなった絵描きが拾われてきて描いてた。
インベーダーを入れたときも、元々客の中にそっち系の人がいて、そのつてを頼って入れたそうです。運というのはつまるところ人間関係であるというのを体現しているような店。

この人、実は全国行脚もしてるんですね。日本初の模型展示会をやって、話に付き合ってやるから熱意のある模型屋店長は来い!とか言って人を集めたりもしてる。木谷社長とかぶる部分もあります。
ホビー系の立ち上げは似るということでしょうか。

まだ全部は読んでないのですが、趣味が高じた結果仕事になったという稀にみる実例のようなので先が楽しみです。
 
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