(´・ω・`)そういうこともある





 
全然関係ない昔の話なんですけど、俺は一時期学祭にいたことがありました。4000人/dayぐらい。
広告を取りに行ったり、ステージを立てたり(確か1.5m以上で作業すると法律に引っかかるんですよね) 、ステージの組み方を覚えるために何度も現場に入ったり、企画を上げたり・・・23時入りの4時上がりみたいな現場とか平然とありました。27時まで拘束の会議もありました。
うちの大学のアメフトは企業がスポンサーについてて結構頑張ってる方なんですが、 そこの合宿の幹部会が27時までだったかな。運動部といい勝負。社会人なった後の方が学生時代よりはるかに楽です。

今振り返ると、正直27時拘束の会議は全く意味ねーなーって思います。別件で祝日に引っ張り出されて懐疑してたことあったんですけど、それで3時間ぐらい消費したネタがありました。何だったと思います?
パンフの校正(全員がオッケー出さないと校正が通らないルールだった) なんですけど、それに解体ジェニーをもうちょっとアレしたようなイラストが載ってて、萌えはOKかどうかという絶望的な議論で3時間が吹っ飛びました。
なんつーかもう、あれほど無意味な時間もそうそうないと思います。ちなみに結局とおりました。
まあ、議長がアレでさっさと多数決フォームに移行しなかったせいでもあります。 

そういうのがあって、ここをこうすると粗大ごみが出来上がるんだな、ということがなんとなく察せられる2年間でした。勿論いいこともあったんですけど・・・まあその、我ながらあんだけ裁量のない中でよく頑張ったと思います。
例えば企画って、去年と同じものでも一度会議通さないといけなかったんですよ。 いやそれもう何度もやってるし実績あるし紙配って終わりでいいよね!?みたいなんも延々話し合う。で、配った紙に誤字があったとかいうクソみたいな理由で却下されるわけです。
 
そんなことをしていても、なんだかんだで一緒にいるわけですからぼちぼち仲は良かったです。あのころの面子はまだほとんど連絡を取り合っています。
しかし、この仲の良さが組織を破壊すると気づいたのもこのころでした。
当時の我々は人数が少なくて、20人ぐらいで回すところを9人で回してたんですね。負荷が多すぎてストレスがたまり、結果としてアレな参加者の悪口を裏で言い合うみたいなよくない状況が発生していました。

冷静に考えればこんなのおかしいってすぐわかるんですよ。だって参加者を集めるためにイベントしてるんですもん。なんでその参加者の悪口を言い合うのか。
全然知らないですけど、テレビ局もそんな感じになってるんでしょうね。参加者がストレスのはけ口になっちゃうんですよ。
いやその、神輿を作るために工学部のトイレからトイレットペーパーの芯を盗んで捕まったやつもいましたし、参加者側も相当アレだったんですけど、それでもねぇ・・・。



すったもんだあった末になんとか1年が終わると総括とともに来年の計画が始まるのですが、ここで俺には一つの懸念がありました。
一人だけどうにも反りの合わないというか、こいつと一緒にいるといつか殺される気がするやつがいて、その感覚は理屈で説明のつくものではなく完璧に俺一人の勘だったんです。 で、困ったことにそいつは外面が良かったのでリーダーになる雰囲気になってきてしまった。
俺は戦闘民族だったので引き継ぎに際して殴り合う気満々だったのですが、 俺の友人一同はガンジーみたいなやつらだったので、そいつについていく代わりに抜けるという選択をしていました。友達がみんな抜けるならそもそも俺も戦う必要ないよね、ということで俺も撤退。 
ものすごい嫌な予感はしていたのですが、上の世代にはさっぱりわかってもらえず。いまだに何故彼らが俺の言っていることを理解してくれなかったのかはわかりません。最終決定が勘便りだったとはいえ、明らかに兆候は(勿論俺の視点から見て、ですけれど)あったのです。 

 結局らん豚一同が抜けた状態+新規組で来年は行こうという話になり、俺はしばらくサークルから離れました。3年がかなり厳しい時期だったというのもあります。週2で実験+レポートという生活を送っていたので、実際のところ実務にまで手は回らなかったでしょう。

冷却期間を置いて―――長い時間が立っていました―――サークルに顔を出すと 、想像していたより数段階悪い事件が起こっていました。
 俺が一緒にいたくないと感じた新リーダーは、レンタカーで事故った挙句、それを他人に押し付けて逃亡したそうです。
ちょっと何言ってるのかわからないと思いますし、俺自身も現場に居合わせたわけではないので正確な状況はわからないんですが、メンバーに代理を押し付けて逃げ延びたのは事実でした。

絶対に何かはあると踏んで逃げた俺ですが、想像していたのはしょうもない嫌がらせ程度。 自分の想像力がいかに貧しかったか、自分の経験値がどれほど足りなかったかを思い知りました。
残った面子に何かしら言っていれば、また違ったかもしれません。

 なんだかんだで20年(その時は20歳でした)生きてきたのですから、根拠もなく自分の勘を貶めるべきではありませんでした。何もないのに違和感を覚えるわけがなかったんです。
今考えると、おそらく俺が感じたのは落差への恐怖だったんでしょう。奴は不思議なほど人使いが荒く、外面との落差に俺は言いようのない不安を感じていた、ということだったのだと思います。

外で見せる顔と、内で見せる顔が異なるというのはそれほどおかしな話ではありません。 例えば、友達と話すときと、上役と話すときの話し方やテンションは違うでしょう。これは、ただその延長線上にすっと線を伸ばしただけのことです。

人間はもちろん不完全です。 しかしそれは相手だけでなく、自分自身にも言えることです。
自分の手に負えないことはありますし、 そうなったら逃げなければならないのです。ハリケーンと戦おうとする人間はいません。マネジメントの範疇を超えた問題は現実に存在します。

俺はこの体験以来、人間とそれを取り巻く状況については自分の感覚を信じています。
ですから、他人がその人自身の感覚を信じていたとしても特段責めようとは思いません。それは、そういうものです。
ただ、あなたが自分を信じるのと同様に、俺が根拠もなしに自分を信じているわけではないということをご理解いただきたく思います。