(´・ω・`)強い奴が残ると思った?



 

強いデッキが勝つ。
強いプレイヤーが勝つ。

あるいは、勝ったプレイヤー、デッキが強い。

我々はこのような主張をしばしば耳にする。これは正しいのだろうか。




1996年。シアトルで一つの伝説が作られた。
当時のMtGはネクロポーテンスとネビニラルの円盤を組み合わせた通称”ネクロディスク” が猛威を奮っていた。最早ディスクに対抗する手段はなく、進撃を止める者はいないと思われた。
そしてその運命の日、上位のデッキリストはほとんどネクロポーテンスの黒に染まっていた。 

この事態を予見していたトム・チャンフェンは上位勢にあってただ一人、白いリストを使っていた。プロテクション(黒)とディスクを破壊できる解呪を使い、決勝までの階段を駆け上った。
そして決勝では見事な粘りの末、ネクロディスクの自爆スイッチであるデモコンデスを引き出して勝利を収めた。

彼が駆った12Knightsは、単にデッキパワーだけを見るならば強いとはいいがたかった。おまけに彼はデッキリストを書き間違え、2戦目以降タッチ青の準白単となるはずだった12Knightsは完全な白単となっていた。
しかし、彼は勝った。



古すぎる。
違うゲームだ。
そう思われる諸兄のために、もう一つ話をする。



第5回関東CS。キリコとMの嵐が吹き荒れる中無類のデュエルマスターズ好きが集まったこのイベントで勝ったのは、黒Mだった。
そして、準優勝したのは青白ソードだった。

青白ソードで決勝まで戦い抜いたプレイヤーは、当日募集枠に駆け付けた人間だった。彼は十分な準備をすることができず、そのデッキには余分なカードが入っていた。
しかし、彼は勝った。



これらの事柄は、そして最初に述べた主張は、ある重要な事実を示唆している。 
我々が何か根本的な勘違いをしているという可能性だ。



最初に、強いプレイヤー、強いデッキについて述べた。
一般的に強いプレイヤーというのは、十分な準備をしてきたプレイヤーだ。多くの大会に出て経験を積み、ミスを減らし知識を増やしたプレイヤー。
それは、正しい。しかし同時にただ一つの側面のみを表しているに過ぎない。

一般に思われている強いプレイヤーのやり方というのは、正攻法だ。
ゲームをプレイする方法は正攻法しかないのだろうか?
勿論そうではない。かならず抜け道が存在するし、ことによっては我々が正攻法と信じているものがそもそも間違っているのかもしれない。

関東CSの例でいえば、より多くの時間をかけた者が必ず結果を残すとは限らないということだ。
常日頃からカードを触っていなくとも、勝てる。



ゲームに勝つうえで最も重要なのは 、自分のスタイルを貫くことだ。個人的にはそう思うようになった。
どのやり方が正しいということはなく、自分に合った調整法、合ったデッキを使うことで勝利につながる。
だから他人の方法論やデッキ解説を読んでもからきし役に立たないことがあったかと思えば、 世の中にこんな人間がいたのかと驚嘆するような文章に出会うこともある。

ゲームは正しいかそうでないかを判じない。それをするのはいつだってプレイヤーだ。だからあなたは、気の持ち方一つで身にならない論争から逃れることができる。
他人にどういわれようと、自分自身の好きなやり方で戦うことをお勧めする。
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