(´・ω・`)狸



 

■水木しげる
水木しげるはもともと画家を志していた。それが漫画で生計を立てるようになったのは、復員後にひどく貧窮したためである。「ないものはしょうがないので取り立てに来た税務署員を追い返した」という無茶苦茶なエピソードがその困窮ぶりを物語っている。

出兵中や復員後にだいぶ苦労したためか、貧乏な人間の生き様を扱ったり国家体制への不信をあらわにする描写が多い。墓場鬼太郎では、もののけに「妖怪だから法に守られていない」なんてことをわざわざ言わせている。またゲゲゲの鬼太郎の「かわうそ」では、望んで人間になったかわうそに「人間になると税金は取られるしまるでいい事がない」と独白させている。


■金太とピン子 
さて、貧乏な人間が虐げられる様を取り上げたのが本作「金太とピン子」(1965年、水木しげる)である。
3話構成で、1話では祖父の死をきっかけに山を降り江戸の親戚の下で暮らす金太と、祖父に金太を託された賢い狸のポン太が描かれる。

親戚の家で、金太はまるで人間らしい扱いを受けない。腐ったような飯を与えられ、親戚の家の娘であるピン子が出かけるときは召使いとしてこき使われる。この描写は、路傍の石(1938年、山本有三)の序盤に近い。

しかしそんな描写だけで終わらぬのが水木しげる。金太は行き合った見知らぬ坊主に話しかけられる。

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これが刊行された1965年当時は、河童の三平やゲゲゲの鬼太郎と言った水木しげるの代表作が日の目を浴び始めた時期である。この坊主は水木の分身であり、自分の半生や、消えていった漫画家たちを思い出しながら書いたのかもしれない。

さて、そう言われた金太の人生はしかし、まるで好転の兆しを見せない。ピン子と同い年だというのに腕力ですら勝てず、突っ掛かれば投げ飛ばされる始末。さらにポン太を狸汁にするというので親戚の家にもいられなくなり、ポン太を抱えて寒空の下に逃亡する。


■2話
金太が転がり込んだ先は、貧乏な相撲部屋だった。親切な親方に拾われて力士になるが、貧相な体格の金太に何ができるわけでもない。

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 才能も金も持たぬ彼に世間は冷たかった。だが決して彼に味方がいないわけではなかった。

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坊主である。

水木しげるが本当に偉いなぁ、と思うのは、ここで「お前の一生が敗北に次ぐ敗北であっても」と書く事である。報われないかもしれない、ではない。敗北である。起こりうる現実を決してぼかすことはせず、そこへ立ち向かわせる。

この坊主が言っているのは、決して「努力すれば成功するだろう」というような耳触りの良い話ではない。この坊主の言葉には成功のせの字もない。

そうではないのである。ここで坊主が言っているのは「苦しさ/弱さ/才能のなさは逃げる理由にならない」という事なのだ。耐えられない苦しみは誰にも苦しい。しかしそれが敗北を招くことになろうと、決して逃げる理由にはならないのだ。

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だから物語は、金太の成功を導かない。ただ彼が世間に立ち向かう姿を描くのみである。
ここで示されているのは「弱いものはそれでも必死に努力して生きていかねばならない」という人間社会の非情な現実であり、夢物語ではないのだ。

そして、努力を続ける金太には味方ができる。ポン太、坊主、そして。
 
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乞食たちだ。

金太に才能はない。
金太に金はない。
金太に運はない。

無い無い尽くしの金太がそれでも努力する姿は、誰の心も動かさないわけではなかったのだ。 


■3話 
のだが。

実はこの作品、3話がない。「偶然と努力」というタイトル、sそいて扉絵だけが作成され、未完となっている。路傍の石と同じだ。

最後、金太はどうなったのだろうか。 



何かが起こってハッピーエンド、というのが読者諸兄の直感的に望む結末であろうことは想像に難くない。その可能性は否定できないが、そうでない可能性も否定できない。

例えば、「空想石」という同じ1965年の作品がある。家が貧乏な上に頭も顔も悪く力もないという絶望的な環境にある茂作が、誰かが落とした奇妙な石を拾う話だ。

茂作が奇妙な石を温めると、それは形を変えて動き出す。冬眠していた火星人だったのだ。
火星人の助けを得て、茂作の人生は凄まじい勢いで好転していく。ガキ大将をあべこべに従え、泥棒を捕まえて大金を謝礼としてもらい…。

そこで唐突に石を奪われ、茂作は我に返る。その石は空想石というもので、手にすると取り留めもない空想が浮かぶものなのだと真の持ち主の男は言う。
茂作には何も起きていなかったのだ。全ては空想に過ぎず、茂作は未だ絶望的な環境に置かれたままだったのだ。 



…と言う話があることを考えれば、そのまま何事もなく変わらぬ金太の人生が描かれていたとしても不思議ではない。水木しげる、そう言うことやるからなぁ。

私見だが、何か1つピン子にやり返して話が終わるんじゃないかなぁ。水木しげるは話の主人公を殺して終わらせることがあまりないので、金太の人生は今後も続くけど悪いことばかりじゃないんだエンドに落ち着くのではないだろうか。
ちと楽観が過ぎるかな。どうかな。 
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